FUKAIPRODUCE羽衣「春母夏母秋母冬母」稽古場日誌【3】

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2004年女優の深井順子により設立した「FUKAIPRODUCE羽衣」。5月24日に初日を迎える、FUKAIPRODUCE羽衣の最新公演、深井順子40歳記念 第23回公演「春母夏母秋母冬母」

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作家部・平井寛人さんの柔らかな筆致で綴られてきたこの連載も3回目です。更新されていく稽古場の様子に、いったいどんなパフォーマンスが見られるのか、期待が膨らみます!どうぞご覧ください。

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こんにちはこんばんは。平井寛人です。FUKAIPRODUCE羽衣 作家部にいます。舞台作家として今は東京を拠点に活動しています。羽衣に入って1年9カ月経ちました。早いか遅いか、濃いか薄いかで言ったら、私的な体感ですが、濃くて長い21カ月を過ごしています。よく目を少し逸らしたり眠っていたりする隙に物を盗まれますが、そもそも危険に曝される、外に持っていく時点で、失くしても仕様がないものしかないのだと決めました。いつ事故に遭うかも分かりませんが、そうなってしまっても仕方ないような。今なら刺されても仕方ないか、そう思える時でないと髪を切られるのも怖いです。そうした、ひっそりとした見解の中で、こっそりした視点から『春母夏母秋母冬母』の稽古場を見ていきたく思います。羽衣をチラ見するような視点での、稽古場日誌です。

稽古場写真:金子愛帆

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実り熟して、秋思い出し。色んなものをなくし、それでも前に前にと進んできている素朴な生活のさなか、産声間近と、『春母夏母秋母冬母』が役者方を産婆に頭をもたげ始めている。神聖な程入込まれた光景に、視界を奪取されもした。顔つきがどこか違う。例えば舞台美術においても今回は目を見張る鮮やかさであるが、そうした色味細やかな流動にまで美的に一致し、役者方は稽古を重ねて練度を高めている。創作の場が美しい。羽衣の稽古場は多大にチームプレーだ。全員総出で、このこと――舞台が立ち上げられようとしている。誰もが作品そのものを推理するように、ことを明らかにしようとしている。保証され、オリジナルさがある。まず仕事として成立つだろう舞台と感じた。

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作品自体もまた美的だ。言葉が美しい。芸術さえ無ければ誰にも分かられなかったはずの感覚が、晒され、ここで分かられて明らかにされてしまう。本作のせりふは芸術の言葉にたがわなかった。言葉、そこで起こって取り上げられるあれこれに、分かられてしまった観る側もまた安堵出来る。包容力もここにある。役者方から発される糸井さんの言葉――ここに悪き邪さや卑しみは無かった。無理にスケールを大きくして生き続けられないところ、今を生き過ごす人たちの、等しいスケールで物事が計られもしているとふと感じた。ただのお伽話や自虐風特別私語りとはまた違い、日誌から離れた文章がまま宇宙へ伸びてそれから降ってくるような、現象として哲学と哲学者の面も舞台に落とし込まれつつあった。ビックバンを目の当たりにするような舞台になる、予感を、印象としてじんわり持った。予感は確かな根拠下、僕の目前から届けられた。


僕が今回見に行った際、今までの稽古場とは違って、更に広いところで、舞台美術や光景を模して、脚立や段ボールに入ったボールなどが据えられていた。それらも全部、舞台空間参考として「あれはそうしたのを表してあるのね」とすんなり解せるものだった。その感覚が稽古場全体に蔓延し、純に、創作の場へ影響をもたらしている。「ここのシーンはこうだからこうではないか」というのを、役者方が例えば自身の演技中で見逃してしまいもしていた時その違和感が見逃されず捉えられ、指摘がなされる。なんとも、生産的に時間は綴られていた。完璧な人間などないがこうして、作品はより純化させられていっていた。本作は少なくともそのように遂げられつつある。誰もが作品に対し視野に絞りを利かせ、気を研いでいないとあり得ない事と感じた。それが、まず、達成されている現場。それらが順調に身を結びつつあること。甘美な悦びを本作は予感させて匂わせている。総てがここに集った、奇跡的な内にて生じられつつある。端的に価値の高さを思う。振付も美しい。つまりは役者方の一挙手一投足が美しく、説得力をなおも重ねて持たされている。

たしかに完成度が高められている。本作の関係者皆が持つものをままとといった趣でもある上、自分達の内側を旅行して慎重に擦り合わせられた末の、たった1つ、ここにしかない、研究果実の状態にも見て取れた。まずストイックたる現場に、とかくそう感じた。

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芸術が無ければ出会えなかった感覚を僕たちは生きている間中、無数にも持っていて、それを知りたい人、知らなくていいやと切り捨てる人といるけれど、

だから舞台は誰ものスタンスに対して来た方がいいよと言えるものでは確かに無いのかもしれないが、紛い物の偽芸術がある中で、紛れも無い本作の芸術性は少なくとも保証される上、こうも贅沢に美しい人々が培ってきた舞台に、僕は絶賛として来てみる事は人生における悪事にはまずならないと感じた。それらが、美的な感覚を持った、その上、美しい人々により、今回作られている。だから、それが羽衣カラーをも生み、紛れもない、しかも美しく、順調に実ったところの、まさしく羽衣の作品になると一人感じた。それらは、良い悪いの一面的な意味で無く、とかくそう感じた。

羽衣を語る時その文は羽衣の良い点を語るものになる。それらが自分達によって更に、求道者のごとく、端的に整理され作品の内に纏められている。到達点にい得ている。芳醇な舞台でもある。全く今起こされたオリジナル品と思う。今作は、今作しか近似も無い。

また、最後に、果実を食べるようにも来ていい舞台だと特別に思う。最低限保証出来る点を書き続けた稽古日誌として、一等に探られないと届かない、行き着いた感覚として投げられる、1つの結論として、ただの林檎よりずっと、酸いも甘いある舞台、濃厚な感じもした。体の嫌な疲れも1点消え、何か随分楽にはなるような。

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FUKAIPRODUCE羽衣 深井順子40歳記念 第23回公演 「春母夏母秋母冬母」は、5月24日~5月28日まで、吉祥寺シアターにて。6月2日、3日には愛知県・穂の国とよはし芸術劇場PLAT アートスペースでも公演。いずれもチケットは発売中。

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