【マタ・ハリ通信(4)】演出家・石丸さち子に訊く

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■ミュージカル『マタ・ハリ』特別連載(4)■


作品の魅力を掘り下げていくミュージカル『マタ・ハリ』連載、本日は日本版『マタ・ハリ』の鍵を握る人物、訳詞・翻訳・演出を手がける石丸さち子さんのインタビューをお届けします。

蜷川幸雄門下で演出助手として経験を積み、2008年に独立後は、ストレートプレイ、ミュージカルを問わず、幅広い作品を手がけている石丸さん。

先日は演出を手がけた『スカーレット・ピンパーネル』(再演)が閉幕したばかり、また来年にはオリジナル作 Rock Musical『5DAYS 辺境のロミオとジュリエット』の上演も発表になった、今もっとも勢いのある演出家のひとり。


そんな石丸さんの稽古場での横顔は、非常にパワフル!
そして、しっかりとした裏付けに基づいた深い台本の読み込みと、たくさんのイマジネーション溢れる言葉を駆使し、キャラクターの感情や情景を的確にキャストに伝えていく姿が印象的な演出家さんです。

 

● 石丸さち子 INTERVIEW ●

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―― まず、韓国版をご覧になった印象をお伺いしたいです。

「韓国のお芝居全体がそうなんですが、人間の感情の揺れをダイナミックに描きますよね。韓国の俳優さんたちは声帯も強いですし、"ミュージカル的な美しさ" といったお約束に囚われない。『マタ・ハリ』も、強い女が、傷ついても、傷ついても立ち上がっていく姿を描いているということが、韓国の俳優さんたちの演技と声が相まって、ものすごく印象的でした。日本で見慣れているミュージカルよりも、エキセントリックで熱く、人間感情が露わ。さらに、音楽がフランク・ワイルドホーンですから、エンタテインメント性があって、思い切りのいいダイナミズムを感じました。お客さんがグッと息をのむところ、思い切り拍手が出来るところが明確で、エンタテインメントとしてものすごく面白いという印象を受けました」

―― それを日本に持ってくるにあたり、何が必要で、どういう切り口で見せようと思ったのでしょうか。

「このダイナミズムの中に繊細さを入れ込もうと思いました。そして、フランクのダイナミックかつロマンチックな歌の力がどんどん物語を牽引しますが、その中に、ひとりの男とひとりの女がたくさんの嘘を抱え、色々な過去を抱えつつも出会い、この人を愛していいのかと自分を疑い、相手を疑い、でも悩む間もなく結びつくように出会ってしまう。そんな "運命の力" みたいなものを信じ、勇気を持って人を愛するということに立ち向かう男女......という深々としたドラマを描きたいと思ったんです」


―― 今仰った繊細さ、すでにお稽古場から感じています。私も韓国で観たのですが、例えばマタ・ハリが隠したい過去があるのはわかるのですが、なぜそこまで過去を封印したいのかがちょっとわからない部分もあった。柚希さんのマタ・ハリからは、過去を隠したいというより、自らがふたたび触れたくない過去なんだ、という痛々しさが伝わる気がしています。

「そう、「根拠をつけよう」ということを、一番最初の稽古で柚希さんと話したんです。そこをベースにして作っていった。台本には描かれていない過去、といった繊細な部分を最初に見つけたことで、この(作中のマタ・ハリの)大きな感情のうねりを、繊細さで根拠をつけて演じることが出来る。たとえば「♪もう戻らない」というすごく強い感情を歌っていて、何があったのか、なぜそう思うのかという説明がなくても、こんなに強く感情が動くには何かよっぽどのことがあるんだ......と、お客さんが観ていてもわかるように」


―― それはどういう作業だったんでしょうか。

「まず実在のマタ・ハリという人物が、もっともっと混沌とした人物で、謎に満ちていて、性格的にも破たんしたところが多く、自分の人生を語っているものにもたくさん嘘があるんです。さらにそこに、脚本のアイヴァン・メンチェルさんが作ったこの台本上のマタ・ハリにも、台本上の虚構がある。例えば、作中では彼女はラドゥーと出会って初めてスパイ活動を始めたことになっていますが、実際はその前、大戦が始まって2年目くらいからスパイ活動を始めている。また、この物語はパッシェンデールの戦いが舞台なのですが、マタは実は、パッシェンデールの戦いが起こる前に逮捕されているんですよ。処刑される時期もズレている。だから、アイヴァンさんは実在の人物を使ってフィクションを描いている......このミュージカルのためのマタ・ハリを作っているんですね。だとしたら、私たちは、私たちのマタ・ハリ像を作っていいし、作り上げていこう、ということになりました」


―― なるほど。

「そして、柚希さんと(この作品上の)"マタ・ハリ年表" を作り直したんです。彼女は息子が謎の死を遂げていて、その死にも色々な説があるんですが、そこが作中では "娘の死" になっている。そこからもうフィクションなんですよね。で、柚希さんと一緒に作った私たちのマタ・ハリは、子供のころは裕福ではあったけれども暴力の絶えない家庭に育って、自分の国(オランダ)を出て、ジャワへ逃げる。今度はジャワに着いてすぐ、ジャワの人と結婚をする。けれどまたその人も暴力的な人で、家のメイドに手を出したりする人物。マタはそのことに気付きながらも、何も抗うことをしなかった。自分で自分の人生を切り拓くことをしなかった。そして闘わなかったために、そのことに気付いたメイドの夫が復讐として、彼女の子どもに毒を盛る。その、子どもが毒を盛られた現場の様子も、ふたりで想像しようと絵コンテを描いたりもしました。突然子どもが苦しみだして、何が起きているのかわからないが、メイドの夫が自分の夫の罪を暴きたて、夫は暴力をふるい乱闘騒ぎになる。誰も死にかけているわが子を相手にしてくれない。そこでまたマタ・ハリはヒクヒクしているその子を抱いて、医者に連れていかなきゃと逃げる。闘わないで。でもそのうちに娘は死んで、どんどん腕の中で固くなってしまう。逃げて逃げて、彼女はたぶん、自分も死のうとしたのでしょう。逃げた森の中で、シヴァ神のために奉納の踊りを踊っている人たちに出会う。その神聖な雰囲気に息をのまれているうちに彼女たちが寄ってきて、何があったかを聞くでもなく、その場で娘のための弔いの儀式をしてくれて、マタ自身も、シヴァ神に自分の人生を洗い清めてもらった。そして彼女はマタ・ハリとして生まれ変わる」


―― そして、パリに行くんですね。

「我が子が自分の腕の中で死後硬直をしていく時に、彼女は一回死んだんですよね。そして、マタ・ハリとして再生させてもらったんです。新しくマタ・ハリとして生きるために、"逃げない" という人生を抱えて、パリで踊りで身を立てようとする。それまでの彼女は、耐える強い女ではあったけれど、逃げることしかできなかった。「逃げていると失うんだ」ということを覚え、人生を切り拓くための戦いをはじめる。ダンサーとして名を成すまでにも彼女は色々なことをやった。それも細かく設定しました。ただ、あの時代のパリは、ベル・エポックの時代で、新しいものを求める気運があった。彼女がやっていることが "芸術" として成立した。シャネルが出てきたのもこの頃。斬新なシャネルスーツの原型が出てきたように、新しい芸術と、新しい美的感覚のきざしがあったんですよね。だから西洋的でクラシカルなものでなく、東洋的で新しい、しかもストリップめいたものが芸術として人々に喜ばれ、彼女は何者にも負けないマタ・ハリへとなっていった」


―― 台本に描かれていない部分ですよね。石丸さんのお話だけで引き込まれてしまいます。非常に興味深いです。

「柚希さんとは、「なぜマタ・ハリはアルマンを愛したのだろう」ということも、じっくり話し合いました。アルマンはM4で『Fight(人生と闘え)』というナンバーがあるのですが、彼は闘うことが人生で、闘っている時に生きている感じがするんです。この「闘ってきた」ということへのシンパシー。同じ匂いのする人と出会って、心が動いたんですよね。自分の否定してきた過去まで揺り動かされた。そのちょっと前に、「この過去を暴かれるくらいなら死を選ぶ」というようなことを歌っていた彼女が、アルマンにはあっという間にその過去を打ち明ける。それはやっぱり、本当に人を好きになるって、作り物の自分じゃ愛せないんですよ。全部の自分で男を愛したいじゃないですか。絶対に開けないと思っていた箱を、衝動的に開ける(心情)......というシーンを、今は作っているところです。要するに、(もともとの)アイヴァンさんの作ったマタ・ハリ像が、繊細なんですよ。卵のように固い殻をまとって生きていた女が、その殻を剥いて、ちょっと爪をたてただけで崩れちゃいそうな柔らかさになって、そうじゃないと人を愛せない。それでも私を愛してくれますか......という風なことだと思うんです」


―― そんな風に作り上げている柚希さんのマタ・ハリ、現時点で石丸さんはどうご覧になっていますか。

「とっても良いですよ。最初は彼女も、こういったタイプの女性の役が出来るか心配に思っていたと思うのですが、マタの中身のことをふたりで話してからは、彼女を自分のものにし、そこからは一度もその姿を見失うことなくずっと保てている。強いマタ・ハリだけでなく、脆さもあり、柔らかい彼女の気持ちがあふれ出ている、とても良い状態です。今は時々私が「可愛すぎます」とダメ出しするくらい(笑)」


―― そんなマタ・ハリ像を作り上げた上で、最初に仰っていた「勇気を持って人を愛するということに立ち向かう」ことを大きなテーマとして描きだそうと。

「一幕の最後が『Two people』という歌で、今は『二人で生きる』という邦題になっていますが、それまでひとりで生きてきた人が、ひとつの旅路をふたりで生きることが奇跡だと思う......ということを歌っているんです。ひとりにひとつの人生行路、そのふたつが重なってひとつになった。それって奇跡ですよね。そんな奇跡的なことが起こるのに、運命は私たちを引き離そうとしている。でも、それが運命だと言うのなら、私たちが出会った奇跡こそを運命だと呼ぼう。そしてひとつの人生をふたりで生きるというところまで、ふたりが愛し合った。なぜそこまでふたりが愛し合ったのかというと、今までひとりだったから。本当の孤独を知っていたから。そしてその愛に飛び込むということは、マタ・ハリにとっては、消したい過去もすべてさらけ出すということであり、アルマンにとっては、ラドゥーに歯向かい、フランスという国に歯向かうということ。その愛はすごく大きい。そういう感情の揺れを、フランクのジェットコースターのような音楽と、日本人独特の繊細さ......セリフの強さと歌の強さだけじゃない、ほんのひとつの音でも気持ちがふっと動いていくような繊細さで描き出したいです。ストレートプレイの感覚ですね。フランクとアイヴァンさんが用意してくれた、とても大きな虚構の世界の中に、ストレートプレイ的な "間" の感覚と、人と人がその存在同士を感じあうような芝居を入れて、よりダイナミックなものにしようと思っています」



石丸さんの語る言葉が面白く、聞き入ってしまったインタビューでした。
このあとも稽古場の取材などを通し、石丸さんの言葉・構想を少しでもご紹介できれば、と考えています。乞うご期待!

取材・文:平野祥恵(ぴあ)
撮影:源賀津己

【公演情報】
・1月21日(日)~28日(日) 梅田芸術劇場メインホール(大阪)
・2月3日(土)~18日(日) 東京国際フォーラム ホールC

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